南極の図書館

ペンギンが寝ていた…。

大局観(羽生善治)

書店をうろうろしていたら目に入ったので。
2011年2月10日初版、4月20日に四版なので結構売れていると思う。

はじめに

いったん本書の感想を書いたところ、格言集のようになってしまった。
「折り目」を付けたページを読み直し、それを順番に書いていったからだと思う。
文字通り「大局観」が無いとはこのことか、と反省して書きなおしてみた。


今度はテーマは何か、それを具体的、または抽象的に書いているところはどこか。
それを補足する(できればインパクトのある)エピソードはあるか、などを意識してみた。
読みなおしてみると、功を奏したとまでは言えないが、いくらかマシになった。

大局観

本書のテーマはそのまま「大局観」。
特徴としては、やはり将棋についての言及が多い。
将棋の格言であったり、自分の経験であったり。
まずは、言葉の定義から始まる。

P7
「大局観」とは一般には馴染みがない言葉だが、「大局を見て考える」などの表現ではよく使われる。「木を見て森を見ず」という格言があるが、これは「部分だけしか見ず、全体を見ていない」という意味でその反対の意味が「大局観」である。

P23
体力や手を読む力は、年齢が若い棋士の方が上だが、「大局観」を使うと「いかに読まないか」の心境になる。
将棋ではこの「大局観」が年齢を重ねるごとに強くなり進歩する。

自分の若い時代、「二十歳の自分」と闘っても負けない――
この「大局観」を身につけ全体を検証するのである。

つまり大局観とは、全体を俯瞰し、抽象的に現在の状態とその方針を感じる力だろう。
そして、おおよその方針を決めることで、具体的な行動を考える際に、無駄な選択肢が排除される。


この「いかに読まないか」というのは、私たちの(おそらく一般的な)仕事にも通じるところがある。
どんな仕事でも新人のうちは、本筋とは違うところに拘って余計な時間を使ってしまうものだ。
先輩に相談したときに「ああ、そこは掘り下げて考えなくて良いよ。こっちに関して3パターン考えてみて」と言われたりする。
それが、どんな新人でも3年ほど経つと「勘どころ」がわかってきて、どこが重要なのか判断できるようになる。
それに近いのではないか。


「大局観」について本書で最もわかりやすく書かれている箇所を以下に引用する。
今流行のコンピュータ将棋への言及でもある。

P200
コンピュータ将棋といいうのは、基本的に、可能性のあるあらゆる手をすべて読んで、最善手を探していく。つまり、計算をたくさんしていくことによって、より正確さを挙げていくわけだ。

プロ棋士の場合なら、局面を見た瞬間に、三手くらいに絞り込むことができる。あとの何百、何千という手は捨てるわけだ。
そして、最初に絞り込んだ三手ではどうしてもダメだという時になって、いったん捨てた手のなかから最善手を拾って検討する。

私は、コンピュータの指し手に対して、大きな違和感を持っている。
つまり、対局者が誰だかわからない状態で棋譜を見せられれば、これは人間が指したのか、コンピュータが指したのか、一目瞭然でわかるということだ。

この「プロ棋士の場合」に使われているのが「大局観」なのだろう。
後半の「一目瞭然」には少し驚いたが、「大局観」という観点で見ると、コンピュータ将棋は「一貫していない」ということだろう。
逆に考えると、コンピュータ将棋は「大局観」が無いのに、プロ棋士に近付いているということでもある。
これで「大局観」がどんなものか理解できたと思う。

大局観を補足する

本書は全体を通して「大局観とはなんぞや」を書いているわけではない。
集中力、ツキ、負け方、リスク、感情、記憶、知識、直感、確率など、内容は多岐に渡る。
全体としては「大局観」を補強する意味で書かれているが、「棋士の書いたビジネス書」のような雰囲気もある。
とはいえ「棋士生活二十五年の節目で書いた」とあるとおり、その視点はサラリーマンのものとはかけ離れていて、面白い。


例えば、以下にいくつか(勝手に)要約したものを紹介する。

「着手をする前に四つの香車を確認しなさい」
盤上の四隅、つまり晩の全体を見ることで見落としなどのうっかりミスが少なくなる。

「三ヶ月間毎日、一日も休まずに将棋の練習をするとアマチュア初段から四段になることを保証できる。」
将棋の場合、いい手が閃くとかたくさん読めるというのも才能だが、根源的な最も素晴らしい才能は「地道に、確実に、一歩一歩進み続けることができる」こと。

「もう少しゆっくり」
羽生さんが師匠に貰ったアドバイス。
将棋の世界では師匠が弟子に手取り足取り教えることはなく、自分で考える習慣をつけさせる。

「世の中の99.9%は金で決まる。しかし、残りの0.1%はそうはいかない。私は、この仕事を通じてそれを学びました。」
これは「ハゲタカ」から。羽生さんは、確率というのもそれと同じではないか、と言う。

「どんなジャンルでも一流の作品にたくさん触れなさい」
手塚治虫が「どうしたら上手に漫画が描けますか?」と訊かれたときに答えて。

運について

羽生さん自身は「ゲン」は今はまったく担いでいないらしい。
棋士の中には、将棋会館へ行くルート、着る物(下着も)、扇子、髭など、ゲンを担ぐ人はいるようだ。
そんな中で、ゲンとは少し違うのだが、この二つは感じるところがあった。

「きみは自分にツキがあると思うか?」
松下幸之助はよく訊いていたそうだ。相手が「はい」と答えると付き合いが続いていく。

「東京へ行く汽車に乗る時、上手くキセルをする方法は知っていたが、そんなことをすれば大きなツキを失うに違いないのでやらなかった」
米長先生の「人間における勝負の研究」にある一文。

終わりに

後半はそれこそ格言集のようになったが、自分で読み直しその度にストーリーを思い起こすために書いてみた。
羽生さんの著書は他に「決断力」を、将棋つながりでは「ボナンザvs勝負脳」も読んだが、どれも面白い。
ちなみに将棋は全く出来ません。


はてな年間100冊読書クラブ、9冊目。)