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南極の図書館

ペンギンが寝ていた…。

資料作成で意識すべき3つの要素

表現 仕事術

仕事のお話。


私は6月に入ってから、何故かいろいろな資料を作っている。
その過程として、いろいろな材料を頭の中でぐるぐる回すことになるわけだが、帰宅してからもぐるぐるぐるぐる回している。
そんな感じで日記もろくにかけていなかったので、このタイミングで、えいやと一つ書いてみる。


資料作成とは、例えばWord文書、Excelワークシート、pptスライド。
こういうものを書くにあたり、何も武器を持っていなかった頃と比べると、今はいくつかの約束事を意識しているな、と思う。
今回はその中から2つの見出しで、要素としては3つについて書く。

MECE×粒度」を意識する

個人的には、全ての前提として意識していること。


資料に求められるものは、まずMECEであることで、それも正しい切り口でなければ、どんな情報も意味を成さない。
次に、それがどれくらいの詳細さ(資料の各項目の粒度)であるかで資料の価値が決まる。
大きくまとめて抽象的に書いて良いのか、それとも詳細を書くべきなのか、書くならばどこまで書くべきなのか。


詳細さについては、大きく2パターン、つまり粒度からか時間からか、実際は二択となる。
時間は最も重要な資源であり、この資源の量を増減できる立場なのか、そうでないのかでスタンスは自ずと決まる。


自分が案件(正確にはスケジュール)を握っていない場合は「時間主導」とせざるをえない。
つまり3時間と言われたら3時間なりの、10時間と言われたら10時間なりの詳細さで書く。
ここで 「10時間与えられても、抽象的に書いたほうが良い場面はないのか?」 という質問がある。
これは「無いわけではない」くらいの頻度で、具体的には10回に1回も無いので意識しなくて良い。
「使われる人間」に与えられる時間は少なく見積もられるので、与えられた時間でどれだけ詳細に書いても「荒い」場合が多い。
(その場合は、納期は納期なので荒いまま出していいと私は思う。「時間は無いが詳細な資料を出せ」は無理な相談だ。)


一方、自分がイニシアチブを取れるものであれば「あるべき粒度」を元に時間を書き換える。
「あるべき粒度」とは、その資料を見る人が最も喜ぶ粒度であり、これはこれでなかなか難しい。


さて、MECEと粒度のどちらを強く意識するのか、というとMECEとなる。
粒度は上記の通り、外的要因が関わるというのもあるが、そもそも資料に必要な項目が漏れていると話にならないからだ。
ただ、一口にMECEと言っても切る方向というのがあり、正しい切り口でなければ方向性の間違った資料となってしまう。

自分のスタイル

ここまで、資料作成中にぼんやり考えていたことを書いてみた。
上記が原則として考えていることだとすると、ここから書くことは無意識にしていることになる。


つまりスタイルの話。
人の作るものには、なんであれスタイルが出る。
考えてみると、私の資料は「思い切って荒く」するところに特徴があるような気がする。
私が大事だと思うのは「相手が知りたくないことは書かない」ということだ。
……と書いてみたら、少しニュアンスが違う。
正確には「書くべきではないことは、思い切って書かない」ただし「相手が求めそうなことは添付資料として用意する」かな。
(具体例を書こうと思ったけど、時間も時間なのでこのへんで割愛させていただきます。)
それで成功したことも、大失敗したことも、もちろんある。

まとめ

まとめると「MECE」「粒度」そして「自分のスタイル」を意識することで、資料作成能力は洗練されていくよ。ということ。